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ぎんてぼう(銀手亡)は、白いんげん豆です。

このお豆によって私の人生が変わった
そんなお豆です。

昨日妹が店でこのお豆のスープを作ってくれ、食べていました。
うまい! ほんとにうまいです!(調味料は塩だけ)
ぎんてぼう
そして、いろいろと思いだしまして

かなり長くなりますが、ちょっと書かせていただきます!

「ぎんてぼう」の生産者秋場和弥さんとは
2001年の3月に当店のお客様のご紹介で知り合いました。
(御紹介してくれた方は、井上さん。
今は、引っ越されて素敵な事をされています→http://www.mis.janis.or.jp/~nakaya04/ )
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(↑ぎんてぼう発芽)


私、農学部での卒業論文は無肥料栽培に関することでたが、
卒業後無肥料栽培をしている方とのご縁があまり無く、2代にわたり無肥料栽培を行っている秋場さんとの出会いは衝撃的でした。

はじめ秋場さんと電話で話をしまして、その後来店され、いろいろな話をしました。
大きな取引先から突然のキャンセルでジャガイモ2000ケースが売れ残ってしまったこと、借金を返すために畑を売却し農家をやめざるをえないなどお聞きしました。
微力ながら何か力になれなとか思いもありまして、なにか協力できることがないかお聞きしましたら、「ぎんてぼう」という豆があるということでした。

そこで、その「ぎんてぼう」を全量購入することを約束し一括のお支払いの約束でとにかく安心して営農できるように協力させていただくというつながりから始まりました。
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(↑ぎんてぼう双葉ちゃん)


過去に私自身、農産物の卸業者で働いていた時に、二度と卸業はやるまい!と
決心して小売店を始めたわけですが、、
その時は、そうもいっていられませんでした。
でも、、豆の卸はしたことがなく、、しかも
聞いたこともない、食べたこともない、今まで見たこともなかった
「ぎんてぼう」をどうやって売ったらよいのか、悩む日々でした。

しかし、こうなると、売れませんでしたごめんなさい。。というわけにはいきません。
J-naos(日本自然食ネットワーク) http://j-naos.sub.jp/ の皆様にご支援いただき
また、秋場さんと協力して各地に営業に行きました。
お金もないので、高速バスや夜行バスを駆使して全国歩きました。
全国の自然食品店さんに助けて頂き、
またもとても親身にそして、多大に助けていただいている
さいたま市の菓房はら山の西田さんにもその頃に知り合いました。
http://www.harayama.co.jp/
(当店でもどら焼き販売してます。餡の原料の多くはサン・スマイルからです!)

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3年ほどしてやっと安定してきましたが、安心するのもまだ早く、新たな生産者との出会いで取扱量・種類が増えたり、少ない生産者が故に生産量の変動が大きくその対応にも追われたりしました。
現在は、全国約200店舗のお店さん、和菓子屋さん、パン屋さん、レストラン、ペンションなどにお使いいただいております!
そして、「ぎんてぼう」の縁でたくさんの方と知り合う機会も頂きました。多く体験し勉強する機会も頂きました。それが今の私の礎になっていることは間違いありません。
私の望みは、清浄な大地が増えることそして、そこから生まれたおいしい食べ物に触れてほしい!、それから健康に元気になっていくことです。 
ごちゃごちゃ言わずただ、笑顔を見たいだけなんですけどね、、

そう思うと、作りたいが売り先がない という生産者がいるときには畑を増やすためにそして農家さんやたくさんの方笑顔を見たいために、運命共同体としてお付き合いさせていただいています。

こんな風になったのも、「ぎんてぼう」の卸業を始めたからです。

店を始めたころは八百屋のオヤジになりたかったのですけどね(^^ゞ

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さて、「ぎんてぼう」っていう名前の由来を調べたことがあります。
以下北海道立農業試験場HPより引用
菜豆新品種「銀手亡」の育成について
後木利三、犬塚 正(道立十勝農試) 北海道立農試集報 25.115-126(1972)  菜豆新品種「銀手亡」は北海道立十勝農業試験場においてl960年に行なった「大手亡(網走)」×「大手亡(清水)」の交雑組合せから選抜育成されたものである。半蔓性硬莢の中生種で、収量性の高い白色の良質品種であり、1971年に奨励品種に決定した。
 道東・道央地域で栽培されている「大手亡」と「改良大手亡」とに替えて栽培できる品種である。
                                      引用終わり

簡単に言うと、「ぎんてぼう」は昭和46年十勝農業試験場で北海道2か所の農家が自称「大手亡」と言う(明らかに試験場の言う大手亡とは違ったらしいですが、、)品種を掛け合わせ出来たものです。そして「白銀」の世界を思わせる白さから、「銀」と名前がついたようです。(名前を付けられた方が不詳です)

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「手亡」の由来は
はっきりした事は分かっていないようですが、
「手」は支柱(手竹)のこと
「亡」はいらない
ということ、
ツルが伸びないので支柱がなくても育てることができるという意味ではないかという説です。
(ただし!「ぎんてぼう」はツルが2メートル以上伸びる!)

上記の大手亡はその中でも大粒のもの、昔は中手亡や小手亡というのもあったようです。


これを調べた数年後に、、新たな説が!
それはH17年、年明け早々夜行バスで島根に行き、山口での出来事です。。。

 前述の秋場さん、北海道訓子府の伊藤農園伊藤秀幸さん、秋場さんの息子さん、折笠農場折笠さんと同行いたしました(みんな無肥料栽培)。
 折笠さんの知り合いで山口の萩の隣にいる浄土真宗の住職さんに会いに行く事にもなっていました。私とは全然縁が無いのですが・・・

 住職さんに会いに行く前日、みんなで夕食をとっていたときに、イノシシの話になりまして、地元の方が、昔はよく地元(島根)でイノシシを食べていた。部落でよく分けたりしていたな~と話が出て、
北海道では熊を食べたとか、キジ、鹿を食べたなどの話になり、
北海道ではイノシシがいないらしくイノシシ食べてみたいな~などとみんなで盛り上がっていました。

 そして、夕食後翌日会いに行く住職さんから折笠さんに電話があり、「近所の人がイノシシを撃ってきたから、明日の夜はイノシシなべをしよう!」と持ちかけてきました。
 みんななんと言うタイミング!っとビックリ! 
もちろん予定を繰り上げてみんなでイノシシなべを食べに行きました~

 そのイノシシなべを食べさせてくれたのは私たちとは縁もゆかりも無い、言ってしまえば赤の他人ですが、檀家さんで地元の土木会社の社長さんお名前はSさんといまして、そのお宅に伺い、シシなべを囲んで宴会が始まりました。
 自己紹介も済みまして、雑談をはじめその中で、私が「ぎんてぼう」の話をしましたら、Sさんが「それは手亡のことか?」「それは豆のことか?」「それは此れ位の大きさの豆か?」「それは白い豆か?」と質問されて全部正解なので私は「そうです」と答えました。
 なぜ土木会社の社長さんが「手亡」類のことを知っているのか不可思議でしたが・・・此れからが驚きなのです!

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(↑自然天日しばれ乾燥:によう積みと言います)

 Sさん「その手亡豆は私の曾爺さんの兄弟で、S是一(これいち)という人が日露戦争で負傷して片腕をなくし、引き上げてくるときに持ってきた豆で、片腕が無いということでみんなが手亡豆と呼んだんじゃ。確か、大手亡と小手亡と聞いておる」と・・・

「そしてわしゃ(S家は)もともと土佐じゃけん、そのS是一が坂本竜馬のゆかりの人と北海道に屯田兵として入植してその豆を植えてみたところが、北海道の地にとても合うのでその豆を広めたと爺さんから聞いている」と・・・・

 驚きといか、驚愕と言うか、信じられないと言うか・・・でもどう見てもこの人うそを言っているようには思えない・・・(手亡が日本に入ってきたのは十勝農業試験場に問い合わせたときも、明治と聞いていましたし、手亡の意味も「手」は支柱 「亡」は無いで支柱が要らないで手がなく栽培できるから手亡というようになったのでは(推測)という返事しかもらっていませんでしたし、曾爺さんと計算したら、島田さんとも年齢のつじつまが合うし、、)
 
そこに居合せたみんなが、沈黙・・・でした。。。
 「ぎんてぼう」はじめ白いんげんの「手亡」豆は元をたどれば是一さんによって、日本にもたされ、広がり、品種改良されて「ぎんてぼう」生まれ、秋場さんが農業経営の窮地を救われて、私も沢山の方と出会いをいただけたことにそしていま自分があることにその時、心が熱くなりました。

 この出会いは、それはそれは衝撃的でした。喜びと言うより衝撃でした。この世に偶然はないといいますが、こんなことがあってよいのか!

大自然に生かされている自身、このような出会いがいただける自分であることに心から感謝してます。
 今でも、夢ではなかったのか・・・と思うほどです。
 
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(↑どうです!きれいでしょ!)


「ぎんてぼう」のを認めて下さり、喜んでいただき、ご支援いただいている
多くの皆様があってのこと!その上で「ぎんてぼう」のルーツもわかったと感じます!


手亡豆は明治時代に日本に入ってきて、
品種改良され「ぎんてぼう」が産まれたわけですが、
「ぎんてぼう」以降の品種 雪手亡や姫手亡 最近は絹手亡などありますが、
アメリカ系の品種を掛け合わせてあります。

明治に入ってきた純粋な白いんげんは、ぎんてぼうが最後です。
ぎんてぼうはツルが伸びるので栽培しにくく、今の大規模機械農業には
向かないのです。

機械作業が可能になるためにははツルがあってはならない、、
そこで、ツルなしの品種を開発したようです。
ただ、、味が、、全然違います。

ぎんてぼうの煮汁はぜったいに!捨ててはなりません!
こんなにおいしいものはありません!
 たかがお豆、でも私にとってはとっても大切なお豆なのです!
とってもおいしいですし、ぜひに皆さんお試しくださいね!

そしていつまでも、白銀の真っ白な心で生きたいものです。

長々お付き合いありがとうございました。
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↑新豆が入荷して、スタッフみんなで真心こめて調整、袋詰めしています!


ps
エピソードは他にもたっくさん!ありますが、、この辺でやめておきます(笑)
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